4.ピクトグラムアニメーションの可能性

さて、概略的な調査ではあるが、1940年代の映画で用いられた運動するピクトグラムの利用状況を探ってきた。全体として、ラーガンの試みに匹敵する純粋なピクトグラムによるアニメーションと呼べるような作品は見いだせなかった。とは言え、ある程度の状況は把握できたことから、ここでピクトグラムアニメーションの可能性を考えてみる。

取り上げた映画のなかで、地図で用いられるピクトグラムが多いのは、戦時という状況もあるが、ノイラートが指摘したように古くから用いられる表現手段であったからであろう。しかし、地図そのものは抽象的な記号の集まりであり、退屈な対象であることから、見る者の注意を惹くための工夫が見られた。地図平面とその上に配置されるピクトグラムに立体感を盛り込もうとする傾向がそうである。この方向性はディズニーやNFBの作品に特に顕著であった。そもそも地図自体が、ディズニーやNFBのアニメーターのランバートが描いた地図に典型的なように、球面の地平線を持つ球体として描かれる。

ラーガンのアニメーションにおいても、地図は正距方位図を意識して表現されていたが、球形の地平表現はまれであり、基本的にフラットな世界として描かれている。この点で、ラーガンの作品に近いのはHubley らUPAが制作したアニメーションである。省略と圧縮が彼らのアニメーションの特徴であり、この特徴はピクトグラムアニメーションにも共通している。しかし、背景の省略は科学・技術的な内容を扱う情報アニメーションの標準にもかかわらず、ラーガンもUPAの作品も、このような科学的な標準とはある程度距離を置こうとしていたように思われる。UPAの《Tuesday in November》(1945)は平面的でありながら、独特の奥行き表現を持っていた。ラーガンの作品においても、線遠近法で描き、それに沿ったズームアップの運動を取り入れたフローチャートの例がそうした試みと捉えられよう。

人を表すピクトグラムについては、ラーガンによるキャラクターとしてのピクトグラムに匹敵する事例はなかった。ピクトグラムが表すのは、原理的に非個性的な一般者である。だから、ピクトグラムの人物像はたいてい兵士や労働者といった顔のない集団的存在を表すために用いられる。一般にアニメーションではキャラクターであってもある典型的な人物像を表しているが、それでも同化しやすいように個性化され、活発に動き回る。対照的にピクトグラムは静的な存在として描かれる。運動があるとしてもどこか機械的である。対象に生命を吹き込む技法として発達してきた同時代のアニメーションの世界では、ピクトグラムという存在はむしろ静止した存在を示すために使われる傾向にあったといえそうである。運動しているとはいえ、ラーガン作品のプラッガーがどこかロボットのように見えるのも、そうした運動の世界であるアニメーション表現にとってピクトグラムという存在が本質的に異質であることを示唆しているのではないだろうか。

他方で、ラーガンの実践全体が示唆しているより根本的な課題がある。それはピクトグラムだけで長尺のアニメーションを展開することの困難さである。ピクトグラムを用いたアニメーションは、時間としては2分程度がほとんどで長くても5分の内容である。それ以上長い場合には、実写がたいてい取り入られる。最初から最後まで一貫してピクトグラムが用いられる長いアニメーションはまれなのだ。そうした観点から、ラーガンのアニメーションに見られるさまざまな工夫はピクトグラムの表現上の限界をなんとか乗り越えようとした努力の反映であったように思える。じっさい、ラーガン自身も戦後になるとピクトグラムの比重を低めて、実写に加え異なる様式のアニメーションを併用するようになっている。この事実は、ひとつの作品としてのピクトグラムアニメーションという表現は成立が難しいということを示唆している。

おわりに

ラーガンの作品と、その同時代のアニメーションで用いられる運動するピクトグラムについて探ってきた。ラーガン作品の独自性は確認できたと同時に、ピクトグラムアニメーションというジャンルが成立し得るか、という問いについては否定的な結果となった。ただし、1940年代以降もアニメートされたピクトグラムは確認できるので、それらが「ピクトグラム・アニメーション」の発展したものかどうか、その検証が今後の課題となる。

脚注

  • Alonge, G(2000):Il disegno armato. Cinema di animazione e propaganda bellica in nord America e Gran Bretagna (1914-1945), CLUEB.
  • Disney, W. (1955): Animated Cartoon, Health Education Journal, 13 (1), pp.70-7.
  • Formenti, C.(2022): The Classical Animated Documentary and Its Contemporary Evolution, Bloomsbury USA Academic.
  • Hubley, J. Schwartz, Z.(1946): Animation learns a new language, Holly Wood Quarterly, 1(4), July 1946, 360-3.
  • Ihara, H. (2022). From Pictorial Statistics to Pictographic Animation: Philip Ragan’s Investigation of Pictographic Animation to Dramatize Facts (1934–1946). In: Bruyns, G., Wei, H. (eds) [ ] With Design: Reinventing Design Modes. IASDR 2021. Springer, Singapore. https://doi.org/10.1007/978-981-19-4472-7_185.
  • Russo, J. P. (1989): I.A. Richards: His life and work, The Johns Hopkins University Press.
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