『支援』における「標準的」ピクトグラムの創出
『支援』で出現したピクトグラムの特徴を把握するために、『支援』以前に3つの組織が使用してきた主立った人型ピクトグラムと『支援』のそれらを比較した一覧を作成した(図9)。まず、アイソタイプとの関係について確認する。1933年までの段階で制作されていた図像統計社設立以前のモドレイのピクトグラムやFERAのピクトグラムでは、頭部と胴体がつながっていること、非幾何学的シルエットで構成されていることから、アイソタイプの強い影響がうかがえる。反対に、SOPのピクトグラムについては当初から強い幾何学的特徴が一貫して認められ、1934年当初からアイソタイプとは異なる様式を目指していたことが分かる。

3つの組織の関係者が共同で制作した『支援』のピクトグラムをそれらと比較すると、『支援』のピクトグラムは、SOPの幾何学的デザインを基調としつつFERAのやや写実的な特徴を取り入れた形態になっている。しかし頭部の形状は正円ではなく卵形となっていて、いくぶん人間的な性質も保持されている。そして、この特徴は、女性、高齢者、失業者、家族を表すピクトグラムの全体に共通している。
『支援』の目的から判断して、パンフレットの中心となるのは支援対象者と非支援対象者を表した正面から描かれた2対のピクトグラムである(図10)。両者の違いは、頭部の位置と両足の開閉状態で表されている。すなわち、支援対象者のピクトグラムでは、頭部の位置はほぼ胴体につながった状態で両足は閉じられているのに対して、非支援対象者では、頭部は宙に浮き両足が開いている。さらに支援対象者は赤色で強調されている。両者の差異を記号論の用語を使用して説明するならば、宙に浮いた頭部と開脚姿勢は支援の不要な一般者を表す「無徴」の記号表現であり、その逆の姿勢は「有徴」の記号表現である。ただし、この有徴―無徴の対立構造は、このパンフレットで終わり、この後に制作されるパンフレットでは、支援対象者も含めて一括して宙に浮いた頭部と開脚姿勢で表現され、支援対象者はたんに赤の色をつけることで識別されることになる。
1935年10月に登場したこれらの基本的なピクトグラムは、モドレイにとっては大きな成果であったに違いない。なぜなら、モドレイは、アメリカでの起業に際して当初からアイソタイプとは明確に異なる独自のピクトグラムのデザインを必要としており、これらのピクトグラムは、その確立を意味していたからである。さらに、これらのピクトグラムが共同作業の成果であったことも、モドレイの会社である図像統計社の事業の公的性格をアピールするうえで好都合であっただろう。事実、FERAはこれらのピクトグラムを連邦政府発行のいくつかの印刷物のチャートに使用し続けているし[注18]、図像統計社との共同クレジットのあるチャートも少数ながら存在する。したがって、これらのピクトグラムは,連邦政府が用いるピクトグラムの事実上の「標準形態」と見なされていた可能性がある。
以上のように、異なる組織で共同開発されたこと、かつそれらが共有されていたという事実から、これらのピクトグラムを「標準的ピクトグラム」と位置づけることが可能である。

6.図像統計社のチャートにおける人型ピクトグラムの展開
6.1.標準的ピクトグラムとその調整
1936年になると、3つの組織の密接な関係は見られなくなる。しかし、共同開発された標準的ピクトグラムは、調整を加えて追加制作されたものを含めて全部で18点ほどが、モドレイのPSに収録されている(図11)。これらのピクトグラムは、特に1937年の制作物に多く見られ、なかでも歴史家のルイス・ハッカー(Louis M. Hacker, 1899-1987)との共著『合衆国:グラフィック史(The United States: a graphic history)』[注19]では、「人一般(アメリカ国民)」を表すためにほぼ全面的に使用されていた。
このように共同制作されたピクトグラムを使用しつつも、図像統計社は平行して独自にピクトグラムを制作したが、それらの基本形態には標準的ピクトグラムと比較して微妙な調整が加えられていた。すなわち、標準的ピクトグラムの頭部が卵形の形状であるのに対して、新たなピクトグラムではほぼ正円で統一されている(図12)。この独自のピクトグラムの基本形態は、それとのつながりを保持しつつも図像統計社のピクトグラムの独自性を示している点で、事実上の同社のハウススタイルとなっている。


6.2.ピクトグラムの展開:就業状態のピクトグラムを例として
モドレイによればPSに収録されたピクトグラムのほとんどは、個別のチャート、ないしはシリーズごとにその都度制作された「ワーキング・シンボル」である[注20]。それが計画的な統一性はあまり図られておらず、類似したピクトグラムが多数出現する要因のひとつになっている。しかし、ピクトグラム本来の利点は、活字のように同じ意味表現には同じ形態を用いるという基本原理にあることから、そうした原理にモドレイがどう対応していたのか―あるいは逸脱していのか―が問題となる。




本節では、そのために同時代を特徴づける代表的なチャートのひとつである失業・雇用状態を扱ったものを取り上げる。図13はPSに掲載された失業・雇用状態を示すピクトグラム群である。まず図14で示すように失業者については標準的ピクトグラムが存在していたにもかかわらず、それとは別に独自に制作されたものがあったことを確認しておく。この独自制作の失業ピクトグラムは1939年頃に制作され、結果として標準的ピクトグラムを用いたチャート(図15)と、独自のピクトグラムを用いたチャート(図16)とが併存していた。独自制作のピクトグラムのデザインは標準的ピクトグラムと比べ幾何学的性質が弱められており、図13に見られる他のピクトグラムと親和性を高めている。他方で、図13には明らかに幾何学的性質の強い失業者を表すピクトグラムも認められる。下列中央に置かれたピクトグラムがそれである。この用例として図17のチャートの存在を確認したが、工場での機械的労働を示すピクトグラムとセットで用いられており、他の用例は確認できていない。図17は「テレファクト(Telefact)」という日刊新聞用の配給カットとして制作された図像統計[注21]で、新聞紙上におけるカットという条件ゆえに、より単純明快なピクトグラムの必要性からデザインされたものかもしれない。あるいは単に担当デザイナーの違いなどの別の要因もあったのかもしれない。いずれにしても、このピクトグラムと他のそれとの違いは様式的差異である。それに対して、それと明確に異なるあり方を示しているのが、図13に見られる微妙に姿勢の異なるピクトグラムである。これらのピクトグラムの用法は、図18で確認できる。この図は単年度の雇用・失業状態を年齢別に比較したものだが、図17と異なり就労者が正面像として描かれ、失業者は側面ないしは斜め横の像で表現されている。さらに、40歳未満、40歳以上60歳未満、60歳以上の3つの年齢層が、それぞれ服装と姿勢の微妙な違いで表現されている。この事例は、図13における微妙な姿勢の違いが年齢層ごとに失業・就業者を区別するための工夫であったことを示している。

多数のピクトグラムを用いて多項目を示した他の事例として挙げられるのが、図19、20である。「アメリカの人口」と題する就業状態で大きく人口を二分した図19のチャートでは男性、女性、それに高齢者を含んだ「その他」の三区分でまとめられ、全体が合計9種類の人型ピクトグラムで表現されている。このチャートでは、男性就業者と女性就業者、女性の失業者に標準ピクトグラムが用いられているが、男性就業者については、頭部のみ円形に変えられている。これはおそらく失業者のピクトグラムと調和させるためと考えられる。女性の失業者(含む自発的)については家事専業を示すエプロンで示され、「その他」は図18でも見られた老齢の労働者、老夫婦、青少年で構成されている。この複雑な事例はピクトグラムの下に文字が付加されていることからも分かるように、ピクトグラム単独での意味伝達の難しさを自ら示している。問題は他にもあり、本来側面像であるべき女性の失業者が、家事専業を示すピクトグラムで代表されており、女性の職種や就業状態を表すピクトグラムが男性と比較してあきらかに不十分である。そのことも含め全体的にピクトグラムの統一性がうまく取れているとは言いがたい。
最後のチャート(図20)は、若者の就職の困難さを示した図である。この図では、就学生、失業者、部分雇用、完全雇用、家事従事といった職業に関するカテゴリーがピクトグラムで表現されている。ここでも、正面像と側面像の使い分けに一貫性が欠如しており、部分雇用を正面像で、完全雇用を側面像で示す理由は明確ではない。これらはおそらくは既出のピクトグラムを用いて細かな種別を表現する場合に生じる問題であろう。



6.3.図像統計のピクトグラムにおける1つの傾向
前節で取り上げたチャート類のうち単一のピクトグラムで構成されたチャート(図15、16)を除き、複数のピクトグラムの組合せで作られたチャートについては、大まかには2種類のの構成法が認められる。1つは特定のチャート用にセットで制作されたと推定されるピクトグラムによる構成であり(図17、18)、もう1つが既出の複数のピクトグラムを中心に構成される場合である(図19、20)。両者の厳密な区分は難しいが、チャートの制作にあたっては、いずれかの方針が選択されていたはずである。既出のピクトグラムで間に合うのであれば、できるだけそうすると推測されるからである。
特定の主題を持つチャート用にピクトグラムが複数制作された場合、雇用状態を正面―側面の対比で表現していた図17のように対立する意味の違いを視覚的に強調する場合もあれば、図18のように年齢別就業形態の細かな項目に対応して変化する姿勢表現が採用されていた。後者の場合、ピクトグラムのボキャブラリーは増加するものの、当該主題以外には使用し難いことから、その範囲は限定的となろう。実際、これ以外の使用例は見当たらない。
他方で、既出のピクトグラムで組み合わせる場合には、類似の主題であれば問題は生じないであろうが、例として挙げた図19や20のような多項目にわたるチャートの場合には、全体の整合性の確保が難しいという問題に直面することになる。そのような場合には、人型ピクトグラムの種類を限定し、年齢の違いはラベルで表記するなどの方法が想定できるが、モドレイはそうした方法はとらず、できるだけ豊富なピクトグラムで表現しようとしていた。その結果、標準的ピクトグラムの一部を改変したり、さらには正面―側面像の使い分けに矛盾が生じるなどの新たな問題も生じていた。
では、こうした問題が生じるリスクにも関わらず、微妙な姿勢の違いを有するピクトグラムの制作や、既出のものでも調整して組み合わせのレパートリーを確保するなど、モドレイはなぜピクトグラムによる微細な表現にこだわったのだろうか。
本論の仮説は劇的な演出的効果を求めた結果、というものである。実際、図18や図19をそうした視点から見直すと、演出性は明確に存在するように思える。いずれのピクトグラムも豊かな身振り表現を持ち、前者では失業と就業の差のわかりやすい識別のみならず、年齢を重ねた人物像の変化が表現され、後者では、本来、失業状態と就業状態の差を表す基本的コードである側面像と正面像の厳密な組合せにはこだわらず、就学状態から失業状態、工場での就業、家庭での家事までを一列に並べて、あたかもこのプロセスを移動しているかのような人間の活動の描写が優先されている。モドレイの制作するチャートには、明らかにこうした演出性が特徴として見られる。そして、こうした演出性は「劇化(dramatization)」という概念で説明できる。